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良い暮らしができるインディ・アーティストを10万人に - 次世代ディストリビューターが目指す世界

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(Photo by Nariaki Obukuro)

 世界の音楽ストリーミングの利用者数は2030年までに今の4倍近くに増え、イギリスの音源の市場は2022年にライブ市場の2倍の規模になるといわれています。この記事では、その背後にいる次世代型デジタル・ディストリビューターの存在や、彼らと契約を交わしてイギリス移住した小袋成彬さんとの対話などをまとめました。

デジタル・ディストリビューターについて

 デジタル・ディストリビューターとは、いわば代理店のような存在です。ストリーミング配信の場合、SpotifyやApple Musicなどの各種配信サービスへの登録を彼らが一括で対応する代わりに、レーベルやアーティストから収益の何割かの手数料を取得したり、利用料を受け取ったりすることでビジネスを展開しています。

 2019年2月時点では、Spotifyなどの音楽配信サービスに登録するには、こういったディストリビューターを利用する必要なケースが大半です。これは日本においても同様で、主流なところでは、TuneCore Japan などの国内サービスがあります。

www.tunecore.co.jp

役割を変える次世代のディストリビューターたち

 ここ2,3年で、世界の音楽市場で存在感を増しているのが、AWALBelieveといった次世代型のデジタル・ディストリビューターたちです。もともとディストリビューション企業として設立されたものの、現在では収益の大元を手数料とは異なる形態で得ている場合が増えつつあるのです。

AWALとは

 次世代デジタル・ディストリビューターの代表格AWALは、アメリカの音楽出版企業Kobaltの子会社で、UKに拠点をおくディストリビューターです。AWALとは「Artist without a label」の略で、文字通り「レーベル不要のアーティスト」を意味し、以下のような哲学を持っています。

アーティスト向けの配信ディストリビューターであり、最高レベルのストリーミング分析機能を誇りながら、レーベルに期待されるすべての機能を提供する

 つまり「流通だけでなく、レーベル業務も全て私たちが引き受けます。」と宣言しており、AWALの実際の業務もデジタル配信や配信データの分析だけでなく、資金調達、グローバルなマーケティング業務、A&R、プロモーションなどを数千のインディペンデント・アーティストにサービス提供しています。

選別されたユーザーへのプラン提供

 AWALは、アーティスト向けの有料サービスやロイヤリティによって得た資金を元に、アーティストへのプロモーション、マーケティング予算を捻出するという、独自の仕組みによって運用されています。

 まず、アーティストが自身の音源の所有権を維持した状態で、ロイヤリティの約15%と引き換えにオンライン配信における「スタンダート・プラン」をアーティストに提供します。「スタンダード・プラン」ではAWALが誇る非常に優れた分析機能が使えます。

 
 
 
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In the age of streaming, you need to know where it's all coming from. Get the #AWAL app to access and compare your data on the go. [link in bio]

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 ただし、AWALのA&Rチームによってクオリファイド(選別)されたアーティストのみが「スタンダード・プラン」を利用できます。 AWALは、アーティストごとの世界中の配信状況や再生状況を分析しながら、そのパフォーマンスを綿密にモニターし、プラン利用に該当するアーティストを探しているというわけです。

 さらに成長を遂げたアーティストはフルサービスを受けられるようになります。フルサービスには、ストリーミング・プレイリスト・プロモーション、ラジオ・プロモーション、投資ファンドの利用などが含まれます。そして重要なのは、この時点でもアーティストのストリーミング配信履歴に基づいた選別があることです。

AWALで返り咲いたアーティストも

 メジャー・レーベルから解雇されたのち、AWALのこの仕組みを使って返り咲いたアーティストも存在します。イギリス人のアーティストBruno Majorは、数年前にヴァージン・レコードに解雇された際、キャリアの終わりを覚悟しました。

 しかしその後、彼は自身で音楽制作を学び、自宅でアルバムをレコーディングし、マネージャーと密接に協力し、AWALを通して彼のレコードをリリースし始めます。その結果、現在までにSpotifyだけで9,000万回以上のストリーム再生を記録しています。

チャンス・ザ・ラッパーを手がけたマーケティング会社も買収

www.digitalmusicnews.com

 AWALが米国のマーケティング会社in2uneMusicを買収したことは、2018年の音楽業界において大きなトピックになりました。in2une Musicとは、近年のインディー・レーベル最大のヒットとなったMajor Lazorの『Lean on』で重要な役割を担い、またチャンス・ザ・ラッパーのパートナーでもあった超やり手企業だったためです。

www.allaccess.com

 in2une Musicは特にラジオ・プロモーションに優れており「ラジオはメジャー・レーベルの専売特許」という常識を覆した彼らが、インディペンデント・アーティストを多く抱えるAWALに加わったことは、新しい時代の象徴にも感じられます。そしてAWALのフル・プラン対象のアーティストは、将来このリソースを使えるようになるということでしょう。 

 このように、音楽ビジネスのエコ・システムの枝葉を伸ばしつつ、エコ・システムそのものを飲み込みながら巨大化しているのが、次世代デジタル・ディストリビューターといえます。

良い暮らしができるアーティストの数を10万人規模に増やす

 データに基づいた合理的なシステムを提供する一方で、アーティスト側も段階を経て規模を大きくしていく。こうした確実なやり方によって、AWALは僅かな人数のスーパー・スターではなく10万人の「ミドル・クラス」と定義されるアーティストが良い暮らしができる世界を目指しているとのことです。

 "世界で最も先見性があり、最もパワフルな音楽出版社"とも評されるAWALの親会社Kobalt。そのボスであるWillard Ahdritzの以下の発言からも、この仕組みの先に目指す世界が伺えます。

 音楽ビジネスは、契約=成功ではなく、契約後に成功するかどうかが次第にアーティスト側に委ねられていく世界だった。

 そして1人のゲートキーパーによって、自分たちのリスクに見合う価値がないと判断され、音楽業界からスクリーニングされてしまった数え切れないほどの優れた人材がいる。健全なオーディエンスを築くことができたはずの無数のアーティストや、チャンスが巡ってこなかった健全なスモール・ビジネスのオーナーたちだ。

 (音楽業界は)経済学として破綻している。1人成功させるために19人分の才能を無駄にしている。兆しが見えた音楽家に多額の契約金を見せて契約させるが、マーケティングやキャンペーンがうまくいかないと、その音楽家は孤児状態になる。

 私は、より多くのアーティストが教育を受ければ受けるほど、1人しか生き残れないゲームとは違う世界について理解を深めることができると信じている。

 宝くじを当てることと、アーティストができることに基づいて賢明で合理的な決定を下すことの間には根本的な違いがあるのだ。

www.musicbusinessworldwide.com

 SpotifyのCEO、Daniel Ekも以下のように発言しています。

 2017年末に、Spotifyの上位を締める「トップ層」と呼ばれるアーティストの数が22,000人になり、2年前から比べて28%増加した。今後数年間の私の目標は、プラットフォームで大きな成功を収める”最高の”クリエイターの数を数十万人に増やすことだ

www.musicbusinessworldwide.com

  このように、規模が拡大するストリーミング市場の将来は、多くの中規模なアーティストによって支えられる世界になるかもしれないというわけです。

AWALの同業他社について

 AWAL以外にも、流通以上のサービスを始めているデジタル・ディストリビューターは数多く存在します。

BELIEVE

 2005年に設立されたフランスに拠点を置くディストリビューション企業Believe。彼らも2015年にTuneCoreを買収するなど、近年目立った動きが多く業界内で注目されています。昨年の時点で、収益の70%がアーティスト向けのサービス料金とアーティスト育成費用で成り立っているようです。それらを原資にレコーディング費用やマーケティング費用を捻出しており、やはりAWALと同様に、デジタル・ディストリビューターの枠を超えた存在になりつつあります。  

www.musicbusinessworldwide.com

Empire Distribution

 米国でも同じ動きは当然起きています。Ghazi Shamiによって2010年に設立されたサンフランシスコのEmpire Distributionは、インディペンデント・レーベルの良き理解者としてだけでなく、もはやビルボードのチャートにも欠かせない存在になりました。

 「ストリーミング配信は過去最高の技術だよ」そう語る創業者のShamiは、90年代後半にシリコンバレーでエンジニアとして働いていたため、早くからストリーミング技術に携わり、今日のような音楽業界がやってくることを予見していました。

 成長と予測の観点から、ストリーミングはビジネスにとって素晴らしいフォーマットだ。フォローすべきトレンドを知って分析を行うことで、より良いマーケティングの意思決定が行える。より創造的な意思決定を下すことで、より多くの情報に基づいてマーケティングに投資できる。私はコンピュータ上で過去24時間の活動をいつでも確認できるし、それらの情報はビジネスに賢明な判断を与えてくれるんだ。

www.musicbusinessworldwide.com 

 Kendrick Lamarのデビュー盤の流通、サポートをはじめ、彼らは今日までにAnderson .Paak、XXXTENTACION、Cardi Bなど数え切れない人気アーティストのディストリビューション、レーベル業務、そしてプロモーションを担ってきました。88risingの代表格Jojiのデビューep『In Tongues』もEmpire Distributionが請け負っています。

www.revolvy.com

 Empire Distributionは、スタッフの耳によって選別されたアーティストのみを扱っています。

Repost Network

 Repost Networkは、イタリアのヴェネツィアに拠点を置くスタートアップ企業です。SoundCloudやYouTubeに投稿した音源の収益化、配信、コンテンツ保護によるアーティストやレーベルのサポートをミッションとしています。この「音源の収益化」の中には、もちろんSpotifyやApple Musicへのディストリビューションも含まれています。

 SoundCloudに特化しているサービスからか、lo-fi hip hop系アーティストに多く利用されている様で、Repost Network経由でディストリビューションしているアーティストが 、Spotifyの「Jazz Vibes」など大きめのlofiプレイリストに入っているなど、プラットフォーム側とうまく連携しているようにも見えます。

 ほぼ無名ながらSpotifyで多くの再生回数を持ち、一部から注目されている沖縄在住の日本のlo-fi hiphop ビートメーカーMintazeも、Repost Network経由で配信されています。

 なお、Repost Networkもクオリファイドがあり、SoundCloudの再生回数が1,000回未満、フォロワー数が1,000人未満だと使えないといった審査基準があります。

LANDR

 海外の競合比較サイトでAWALの競合を調べると、最初に上がるのがカナダのモントリールに拠点をおくLANDRです。アルゴリズムに基づいたマスタリング・サービスをオンライン上で提供するスタートアップ企業、として認知されていますが、実は近年ディストリビューション・サービスも開始しています。

 元々はCDBabyやTuneCoreといったディストリビューターとパートナーを組み、マスタリング・サービスを彼らのユーザーに提供していましたが、2017年から独自のディストリビューション・サービスも開始しました。現在は、LANDRのユーザー登録者のおよそ30%がディストリビューション・サービスを利用しているとのこと。

 アーティスト側にロイヤリティが100%還元される仕組みを採用しており、2019年の終わりにはアーティストに支払うロイヤリティ額が5.6億円に到達する見込みで、2020年には16億円に達すると予測しています。

 2019年時点でマスタリング・サービスの対応楽曲数は1,000万曲、利用者数は200万人を突破。そしてGwen Stefaniが2016年のグラミー開催日の1日の間に完成させたミュージック・ビデオ『Make Me Like You』のマスタリングにも使用されました。サービス拡張だけでなく、ツールの実績や信頼性も向上しつつあるようです。 

www.billboard.com

ディストリビューター化するプラットフォームたち

 2018年9月、Spotifyが直接アップロードできるプログラム"Spotify For Artist"を発表しました。現在は限定ベータ版として公開されており、選別されたアメリカ国内のインディー・アーティストの楽曲が配信されています。

www.theverge.com

 また2019年2月には、SoundCloudもディストリビューション業務を開始することを宣言。LANDR同様、既存の有料プランの新サービスという位置付け、手数料を受け取らないスタイルです。プロ・プランの規準に従うため、18歳以上、前月に1,000回以上の再生回数、SoundCloudが指定した8カ国のアーティストのみでのスタートとなるようです。

5mag.net

 このようにプラットフォーム側もディストリビューター化しつつあり、エコ・システムの入り口と出口の両方からワン・ストップ化が進んでいます。

小袋成彬のレーベル『ASEVER』がAWALのパートナーに

 
 
 
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 2019年1月に、次世代デジタル・ディストリビューターの代表格AWALと、小袋成彬さんが主催するレーベル『ASEVER』のパートナー契約が発表され、2月にジャカルタのビートメイカーpxzvcの音源がリリースされました。

 これまでほとんど例のなかった日本人、及びアジア圏のアーティストとしてのAWALとの契約。なぜ契約に至ったのか、そしてなぜAWALを選んだのか。小袋さんと、レーベル運営を支えるSTITCH INC.の渡邊さんも交え、渡英する3日前にお話を伺いました。

渡英のきっかけ

 まずイギリスを選んだ理由について。小袋さんは、以下のように語ってくれました。

 色々理由はあるんですけどね。少子高齢化の煽りを一番食らうのは音楽業界だから、この先の日本の市場は先細りするだろうし、どうせだったら活況のイギリスに行きたいなと以前から思ってて。

 でも、そもそものきっかけはビートメイカーのpxzvc君にジャカルタで出会ったことです。現地で彼が10円のコーヒー奢ってくれたんすよ。それにめっちゃ感動しちゃって。このひとが世界で売れるのを観たいと思っちゃって。

 その後、帰りのホテルで「彼をイギリスで売るにはどうすればいいんだろう。俺が火種を作らなきゃ」とか色々考えたんですよね。自分がイギリスに行って扉をこじ開けて、彼を売りこんでみるというのが自分の人生で大事な気がしてきて。それで旅行中にビザの申請しちゃったんですよね。レーベルはおったまげてたけど(笑)。そして帰国後に渡邊君と久しぶりに会って、この話を伝えたんだよね。 

 小袋さんの当時のこうした思いやきっかけは、下記ページにも細かくまとまっています。 

miyearnzzlabo.com

 今後の目的を新たに掲げた小袋さんから相談を受けた渡邊さんも、日頃考えていた「音楽の商流」に関する問題意識と重なったのだとか。

 僕は元々、日本のディストリビューターで働いていました。TuneCore Japanという会社で、4年ほど働かせていただいて。今も本当に素晴らしいサービスだと思っています。彼らの存在によって、日本のインディペンデントなアーティストやレーベルは、国内の音楽活動でかなり自活できるようになった。その活動の中から、大きなヒットも生まれるようになっていました。

 ただ、今後の課題、未来を考えると、どうしたって日本というマーケット以外の部分、国内需要ばかりに依存せず、海外マーケットに自分たちのコンテンツをしっかり届けることが急務であることを、年々強く感じていたんです。これは音楽だけにかぎった話ではないと思うのですけども。

 もちろん、インディペンデントな活動スタンスを保ちつつ、定量的な部分でも、ストリーミングサービスの海外テリトリーで多くの再生回数を持つ日本人アーティストもいます。ただ、基本的な状況として、どうしても草の根活動だけに依存してしまうんですよね。西洋側から「発見されるのを待っている状態」というか。

 そこを解決するには、海外エリアに関して、抜本的に商流を変えていく必要があると感じていました。海外のデジタル・ディストリビューションの流れが変わっているのも強く感じていたので。

 そんな中で小袋さんからロンドンに移住する話をいただいて、お互いの問題意識が重なったんですよね。そこで、イギリスに拠点を置く何社かのディストリビューターに話を持ちかけてみたんです。その中で特に興味を持ってくれたのがAWALでした。

イギリスから見た今の日本の音楽市場

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 そして渡邊さんは、Kobalt(AWALの親会社)のクリエイティブ部門のNo.2に出会う機会を得ます。すぐに単身イギリスへ渡り、pxzvcに加えて、複数の日本のインディペンデントのミュージシャンをプレゼンしたそうです。そのKobaltのNo.2とのやりとりを振り返ってもらいました。

 彼にプレゼンする中で、日本の音楽と自分たちの関係をこう話してくれたんです。

「私たちが普段アクセスできる"日本"とはメジャー・レーベルがほとんどであり、彼らのオファーの多くは、日本のメジャー・アーティストの音源を海外でプロモーションしたいというもの。自分たちが得意とするジャンルや領域ではないときもある。日本が世界第2位の音楽市場でありながら、自分たちが具体的にできることが少ないことに、もどかしさもある。ただ、日本のデジタル音楽市場に対しては、今は正直期待できないし、今後2,3年で大きく変わるとも残念ながら思っていない。

 しかしながら、こうやって日本のインディペンデントな音楽を一挙にプレゼンされる体験はとてもフレッシュだった。そして、聴かせてもらったアーティストたちの音源もフレッシュで、我々がパートナーとして取り組むに十分クオリティのあるものばかりだった。何が起こるかは分からないが、まずはせっかくの機会なので一緒にやってみましょう。」  

 そして僕がプレゼンしたアーティストの中で彼が一番気に入ったのも、小袋さんがロンドン行きを決めたきっかけになったpxzvcだったんです。不思議な縁ですよね。 

 彼らと話していて感じたのは、彼らにとって日本の音楽マーケットの具体的なイメージは、メジャー・レーベルを中心としたごく一部なんだろうなと。だから、自分たちのような立場の人間にとっては、今がすごくチャンスなんですよね。ポジション取りをしていくチャンスがある。

現在のレーベルのあり方とは

 こういった経緯のもと、小袋さんは渡英して現在はレーベル・オーナーとして活動しています。そもそも現代におけるレーベルの役割とは何なのでしょうか。

 次世代型のデジタル・ディストリビューターのおかげでレーベルのあり方が変わってしまった気がしていて。だから今のレーベルの役割は、まず審美眼を持つことが重要なんですよね。Stones Throw RecordsのPeanut Butter Wolfや、XL RecordingsのRichard Russellが持つ力、匂い、血、センス。そういった言語化や数値化できない何かがレーベルに色濃く反映されないと生き残れないと思います。あと、そういう審美眼が形になる世の中になってきたんだよね。

 
 
 
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Cinco De Mayo in Shanghai

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 小袋さんが言う「審美眼が形になる」ということについて、渡邊さんはこう付け加えてくれました。

 ストリーミング・サービスの普及によって「マンスリー・リスナー」という概念が出来たことは、とても大きい意味があると思っています。(著作権使用を除いて)今までの音楽の消費され方は、どうしてもリリース・タイミングを中心とした短い「フロー型」になりがちだったと思うのですが、今はもっと長い時間軸でマーケットやリスナーとコミュニケーションできる「ストック型」に変化しつつある。

 だから審美眼による確固たるクリエイションとその審美眼へのファン、つまり安定したマンスリー・リスナーを一定数持つことができれば、その数に応じた安定的なキャッシュ・フローが生まれる。リリース・タイミングのバズ勝負みたいなものだけではなくて、審美眼や美学に基づき、長い時間軸での音楽ビジネスができる環境が整ってきていると思います。

  審美眼を持つために、小袋さんは具体的に何をするのでしょうか。

 ロンドンには火種みたいなものを作りにいくんです。音楽制作の環境も流通のチャネルも整備されてきてるけど、結局はファンをどういう価値で繋いでいくかが大事。すごいものって「なんでそんな組み合わせなの?」というほど特有で。そういう強度のあるクリエイションって、人と会ったり遊んだりしながら出てくるものだと思うから。何が面白くって何がイケてるのかを感じて価値を作らなきゃいけない。僕はそれに集中しようと思ってます。

 しかしAWALは「Artist without a label」、つまり「レーベル不要のアーティスト」を意味する存在でもあります。その思想はどう捉えているのでしょうか。

 AWALは誰でも使えるわけではなく、A&Rによって選別されたアーティストだけが使えるから、彼らのパートナーは、結果的に今はアーティストよりも(あらかじめ選別されたアーティストが所属する)レーベルの方が多いと思います。長期的な視点があるかも大事かも。ディストリビューターにとって、顧客となる相手が長期的なプランを持っていたり、持続可能性があったりするのが一番大事なはずだから。

 「審美眼」に加えてレーベルにとって重要なのが「真面目さ」。規模が大きくなればなるほど、お金を分配する機能やサンプリングの調整能力とかをきっちり回せる健全性や真面目さが重要になってくる。だから(AWALのパートナーとしても)レーベルという存在はなくならないと思う。

日本のインディペンデント・ミュージシャンは最初に何をするべきか?

 自身の行動力と渡邊さんのサポートで、小袋さんは新しい扉を開くことができました。では未だそこに至らないインディペンデントのアーティストたちはどうすれば良いのでしょうか?

 AWALをはじめとする次世代ディストリビューターは、そうした切符を入手するためのTipsをウェブサイトで公開しています。どういったことが書かれているかをちょっとだけピックアップしてみました。

1.ソーシャルでの存在感も重視しよう

Spotifyなどのプラットフォーム外での存在感も大事。ツイッターなどのソーシャルメディアで多くのフォロワーがいるアカウントは、キュレーターの印象にも残りやすい。

2.ブログやプレスをリサーチして、著者に声をかけよう

信頼できるブログに取り上げてもらえば、自信がつくし露出も増やせる。規模の大小に関わらず露出には大きな意味がある。 

www.awal.com

3.ストリーミングサービスでのプロフィールを最適化しよう

1.プラットフォームに認証してもらうこと、2.プラットフォームで多くのフォロワーをつくること、3.自身のプレイリストをつくること。この3つを行おう。

4.アルゴリズム・プレイリストに見つけてもらうようにしよう

Spotifyの『Discover Weekly』は誕生から5ヶ月で17億回も再生された。このリストに載るためには、優れた音源を作って、本物の音楽ファンに共有してもらうこと。別のプレイリスト『Fresh Finds』は、およそ50,000人の厳選されたユーザーの視聴動向によって作られている。彼らに見つかることも重要。

 Spotifyのアルゴリズムは、音楽ブログなどで話題を呼んでいる新進気鋭のアーティストを見つけるために、ウェブ上をクロールする。 そして、50,000人の"音楽的なオピニオンリーダー"、つまりブレイク前に新進気鋭のアーティストに耳を傾けていることがアルゴリズム的に示されているSpotifyユーザーを匿名で特定し、そういったユーザーのプレイリストを分析して『Fresh Finds』用に数百のまったく新しいアンダーグラウンド・ソングを選出する。

Fresh Finds: How Spotify Blends Big Data with Human Curation to Help Fledgling Artistssecretshoresmusic.wordpress.com

5.キュレーターに見つけてもらいやすくしよう

Spotifyのインハウス・プレイリストではなく、多くのフォロワーを抱えるプレイリスト・キュレーターに見つけてもらおう。彼らをフォローして直接語りかけて、自分の曲を追加してほしいと訪ねてみよう。

6.総合的なピッチを作ろう

自分に関する全ての情報をきっちりまとめよう。プレイリストのキュレーターたちが興味を持ってくれるものが何かを考えよう。自分自身だけでなく、曲の背景になるストーリーなども含めて、自分の音楽を正確に伝えることも重要だ。

参照・引用:AWAL | 6 Tips to Land on Playlists & Retain Placement

  あらゆるプラットフォームやツール上で自分が何者かを明示する。見つけてもらうのを待つのではなく、自分から声をかける。それぞれの状況で、段階的に目標を定めて最大限出来ることをまず全部やってみる。そして目標との差分を把握する、といった具合でしょうか。

 ストリーミング以降の音楽市場は、自分の現状をリアルタイムで可視化してくれます。そこで数値化されたデータと、数値化も言語化もできない価値観、美学をもって、長期的な視座で、実績を積み上げていく世界なのだと思います。

まとめ

 今後ますます拡大するストリーミング市場、その背景にある次世代型のデジタル・ディストリビューションの進化、それらによって今よりも多くのインディペンデント・ミュージシャンが音源で生計を立てられる世界がくるかも…という話でした。

海賊的に生きたいんですよ。直接行ったり出会ったり、ご縁を大事にするというスタイル

 このエントリーは、文中に登場する小袋成彬さんが僕のローファイ・ヒップホップの記事に興味を持ってくれて「お互い興味があることを話しませんか?」と誘われてお会いしたことをきっかけに作成したものです。初対面で本当に突然の連絡で驚きましたが、上記の小袋さんの発言の通り、彼の海賊的な振る舞いによって生まれた機会でした。

 僕は好きなことをやってるだけで、啓蒙主義的なつもりはまったくないし、得意でもないんだけど…でも本当にこれから変わっていくと思います。本当に面白い時代になってきたなと思ってて。この記事をきっかけに駆け出しのラッパーが次世代のデジタル・ディストリビューションという存在を知って、扉をこじあけるかもしれないし。

 しかも今、「日本」ってだけで西洋の人たちはウェーイって感じじゃないですか。謎のプレゼンスを発揮してる今がチャンスでもある。

 ただ、レーベル運営についてアジアや日本を売りにするつもりはないんです。アジア、日本のアーティストだけを売っていくつもりもない。今回はたまたまpxzvc君もジャカルタだったってだけで。自分の「日本」という属性で今なら営業活動としてはうまく使いたいけど、そこにレーベルのアイデンティティはない。俺は小袋成彬、以上って感じ。

 この記事は彼の言うように、今の日本の主流のやり方とは別の新しい方法があることを、インディペンデント、個人で活動しているミュージシャンの方々に伝えられる内容になればいいねと、小袋さん、渡邊さん、自分の3人で話しながら作りあげました。

 最後に、小袋さんから今回の移住・挑戦にあたって最も大事なことを教えてもらいました。

気合いっす。  

 個人で何かを作っている方、変わりのないルーティンに飽き飽きしている方にとって、何かの気づきがあればうれしいです。

 最後までお読みいただきありがとうございました。  


関連リンク

小袋さん、応援しましょう

STITCH INC.の渡邊さんも要チェック


あとがき

 初対面の小袋さんとは約1時間半くらいの時間でしたが、色々話題が尽きずにリラックスしてお話しができました。渡邊さんとも当然初対面で、お会いしてすぐに音楽の話題や思うところが共通しておりすぐに打ち解けられました。本記事の固有名詞の大半は渡邊さんにお教えいただいたものです。

 そんな出会いでもあったため、記事内容も「こんな感じだろ!」と、DJ MIXをつくるノリでササッと作ったら、3人にとって良い形で着地できた感があって気持ちよかったす。

 小袋さん、移住の3日前だけあって何も怖いものなし状態というか魂がめちゃくちゃクリアな感じ(?)で、その後数日の余韻がすさまじかった。何処かに旅行に行った後のような余韻。ルーチンから外れた人の持つパワーってあるんだなと翌日からジワジワと圧倒されました。


そんな小袋さんの近影@ロンドンにて。

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頑張ってください!


・参照元

Can Kobalt’s AWAL rewrite the rules of A&R? - Music Business Worldwide

Can Kobalt Disrupt the Label Game With AWAL? | Billboard

Kobalt's AWAL Boosts Artist Services With $150M Investment, Expanded Staff & New Tech Products | Billboard

AWAL's Competitors, Revenue, Number of Employees, Funding and Acquisitions

Ari's Take: CD Baby, Tunecore, DistroKid, AWAL, Ditto...Who is the Best Digital Distribution Company for Music